今日は平成23年8月17日(水)。綿は順調に成長しており、コットンボールがたくさん出来てきています。まだ、はじけたボールは確認できていませんが、まもなく一斉にはじけ出すものと期待しています。
 ところで、今回は綿畑とは関係なく、被災地にボランティアに行ってきましたので、その報告を簡単にさせていただきたいと思います。
 8月6日~14日に、宮城県の山元町、石巻市、気仙沼市に行ってきました。軽トラックの荷台に一輪車、スコップ、レーキ、テント、シュラフ、携帯コンロを積み込んでの、完全単独行動です。
 私は26年前に、仙台~天理の約920キロを徒歩のみで歩き通したことがあります。つづいて、18年前には天理~門司の約560キロ。17年前には青森~気仙沼、気仙沼~仙台の約400キロを歩いて、青森~門司間の本州徒歩縦断を達成しました。基本は野宿で、その行く先々で見知らぬ方々にほんとうにお世話になりましたが、今回の東日本大震災で津波による大きな被害を受けた東北沿岸部は、そのときに私が歩いたルートとそのまま重なる部分が多いのです。勤務の関係ですぐには行くことができませんでしたが、「住宅地の側溝の泥出しに困っている」とのニュースを見て、それくらいなら私にもさせてもらえると思い、夏季休業を利用して、ほんの少しでもその時のご恩返しがしたいと思って出掛けた次第です。目的地は、その節に特にお世話になった縁のある地域を選ばせていただきました。 
 6日(土)。19:00名古屋港発。太平洋フェリー利用。
 7日(日)。16:40仙台港着。仙台東部道路を利用して、山元町へ。役場内にあるボランティアセンターを確認後、JR常磐線浜吉田駅(前後の区間は線路が流されたため不通)の駐輪場で野宿。
 山元町は、国道6号線より浜側は壊滅状態。一部の地域では、集落が完全に姿を消していました。線路もどこを走っていたか皆目わからないような状態。
 8日(月)。山元町でボランティア。イチゴ農家さんのビニールハウスで、被災した苗床の整理とイチゴ苗を再生させるお手伝い。
 9日(火)。山元町でボランティア。個人宅の庭の清掃。砂利からドロと塩を落とす作業。
10日(水)。ボランティアセンターが休日のため、役場に隣接している勤労青少年センター内の避難所を訪ねて、お抹茶を点てさせていただく。95歳や84歳のおばあちゃんはじめ7名の方に点てさせていただきました。ほとんどの方が「お抹茶なんて、テレビでは見たことあるけど、頂くのは生まれて初めて。こんなことでもないかぎり、頂く機会はなかったやろうね」と、とても喜んでくださいました(お一人の方はあまりに感激してくださったので、用意していた未開封の40グラム缶をプレゼントさせていただきました)。午後から石巻市に移動。
11日(木)。石巻市でボランティア。個人宅の庭のヘドロ除去。道路側溝の泥出し。午前中で作業が終了したため、気仙沼市に向けて移動開始。途中、女川(おながわ)、雄勝(おがつ)に立ち寄る。ともに壊滅的な被害を受けた地域。雄勝では、山の上の方にある仮設住宅地に立ち寄り、住人のお一人に「お抹茶はいかがですか」と声をかけさせていただく。たちまち、12名の方が集まってくださり、桜の大木の木陰で、野点をさせていただきました。ここでもみなさんにほんとうに喜んでいただくことができました。(こんなに喜んでいただけるなら、最初から避難所訪問目的で、お抹茶とお菓子を用意してくれば良かった…、と後悔。今回、お抹茶を持参したのは、自分がいただくためと、ボランティア仲間にも差し上げる機会があるかもしれとの思いの上から。茶碗は2碗、お抹茶を70グラム持参したのみ。)
12日(金)。気仙沼市でボランティア。船で大島に渡り、畑に流れ込んだ倒壊家屋の撤去作業。
13日(土)。12:50仙台港発。
14日(日)。10:30名古屋港着。
 敢えてカメラは持参しませんでした。ですから、写真は一枚もありません。感じたこと、書きたいことはいっぱいありますが、長くなりすぎましたので、今回は記録のみ。