今日は平成23年3月21日(月)。ほぼ一ヶ月ぶりの投稿になります。ジャガイモはまだ芽を出していませんので、畑の様子には特に大きな変化はありません。では、この間何をしていたかといいますと、ひたすら「水抜き」の段取りをしていました。
 最近、身にしみて感じるのは、畑は水と土の管理が命、ということです。まず、水に関しては大量に降り注いだ雨をどのように効率よく逃がすか、ということ。そして、水が不足したときにどのようにして効率よく畑全体に行き届かせるか、ということ。水を逃がす方法(つまり「水抜き」)をしっかり考えておかないと、畑はちょっとした雨でも、いつまでも「しるい」状態がつづいて、農作物にも影響が出ますし、作業も出来なくなります。
 そこで、春雨の時期を迎えるまでに何とか水抜きの段取りをしておこうと、早々に畝を立てて、溝を掘る作業を続けていました。5月初旬の綿の植え付けまでにはまだ日があるのですが、今回は石灰撒きも鶏糞の鋤込みもすでに終えました。その上でトラクターで畝を立て、手作業で溝を掘り続けていました。溝掘りは重労働です。この作業は何歳まで出来るかな?と考えてしまうくらい、腰へのダメージがあります。それでも、なんとかひとまず作業を終えることができました。あとは、綿の植え付けまでに、微調整をしながら畑のカタチを整えていくだけです。
 土づくりに関しては、分けていただいたチップ堆肥を少しずつ鋤込みながらやっていますが、なかなか思うような土にはなりません。おそらく、何年も、何年もかかかることでしょう。以前、テレビの番組で、ある農家の方が、「自分の畑の土は、食べてみればわかる」とおっしゃってられるのを聞いたことがあります。「土を食べる」という感覚が、当時の私には理解できませんでしたが、今ならわかるような気がします。見た目の色、手触りはもちろんですが、一生懸命に何年もかけて改良を重ねた土だからこそ、「食べてわかる」のです。そんことがわかってくると、今回の震災、津波で大きな被害を受けられた東北地方沿岸部の農家の方々の無念は計り知れないものがあるだろうと思われてなりません。
 台風や冷害で収穫直前の作物を失うことももちろんおつらいことには違いないでしょうが、津波で塩と泥をかぶり、畑の土そのものを失ってしまうのとは意味が違います。
 あるニュース番組で、きれいに区画された田畑を津波が飲み込んでいく光景が映し出されていましたが、かつての私であれば何気なく見ていたであろうその光景が、この上なく残酷な映像に思えて胸が痛みました。先祖代々、何代もにわたって大切に育ててきた土が失われていくのですから…。
 でも、同時にまた、必ず手塩にかけた見事な田畑がいずれ復活するであろうことも素直に信じることができるような気がしました。農家の方は、自然と向き合うことをおそれていては何も出来ないことを知っておられると思うからです。雨が降ったからもういや、とか、雨が降らないからもういや、とか、暑すぎる、寒すぎると騒いでいるのはみんな外野で、それでもなんとか、その与えられた状況の中で、成るよういくように黙々と農事に携わってこられた方々の営みの上に成り立っているのが農業であり、日本であっただろうからです。
 震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますと共に、被害を受けられ、今はなすすべ無く立ちすくんでおられる方々への心からの応援の意もこめて、私は私なりに、これからも精一杯に木綿庵の活動に取り組んでいきたいと思います。
 添付の写真は、成長をはじめたタマネギと、グレーチングを敷いて整備した見学通路、そして畝を立てたばかりの畑の様子です。
イメージ 1
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3